名古屋支配所の大澤兵部の統括にて、右方面より今年も御修理料が社納された。賦与人と旦那場、社納高は次の通りであった。
 柴田五郎大夫 九百五十丈
           尾州愛知郡 五十村
 細川左門 四貫百二十六丈
        尾州中嶋郡八十三村
        勢州桑名郡五十八村
        濃州之内 四十四村
 堀田右内 二貫三百四十丈
        尾州知多郡七十村
        尾州丹波郡二十九村
 吉田兵馬 二貫六百二十丈
        信州、濃州、大井市場共
 飯田多富 一貫四百四十一丈
        尾州中嶋郡八十四村
        尾州海東郡十村
        同犬山町 濃州岐阜町
 その他を合わせると十六名により二十六貫百一丈が社納された。昨年度は二十二貫六百三十丈であったのでやや増加した。
 社家東向左膳は正月二十三日より二月五日まで大坂北濱で講結成のため逗留していた。その結果、米屋佐兵衛発願にて二百文宛かけ切の万人講が、また那古屋茂右衛門発願にて大々講が、そして錦屋夘右衛門により福引講が結成された。これは北濱商人仲間が二十人程集まり相談の上決定したもので本社開帳寄進のためである。 
 九月二十七日、香椎宮への官幣使が西宮の御本陣で休息された。これに先立ちこの一行中の吉田家役人鈴鹿困幡守殿を当社へ案内し社参の後、境内の関屋の座敷で神主と面談する。

 その後官幣使飛鳥井中将様が御本陣にお入りになられたとの注進があり、神主は従者を連れ御玄関にて御菓子料金子弐百匹を献上した。

 この一件については生田神主後神土佐、住吉神主横田右近、貴船神主江田周防、初嶋神主上村大隅守と種々聞き合せをした。

 右御勅使十一月八日、ご帰路の節に西宮社へ社参される。神主以下お出迎え。白木台に祝詞と御祓大麻を置き、宝物であるである剣珠も東の方に出す。大麻を頂戴され退下遊ばれた。御見送りの際には神主へ御目札遊ばされる。




 五月一日 御陣屋より領主松平遠江守様が当社に程近い海清寺へ御出になら
れ、そちらで当社の宝物を御覧になられるとの由を仰せ越せられた。
寺院へ宝物を持参した例は無く、難儀至極の事であったが、語領主様のこと故、
神主も麻上下にて剣珠、竜明珠、八代集、香炉等を御拝見に入れた。

    五月二十五日に廣瀬丈右衛門の倅右内が跡目相続し出勤した。祝儀
   の振舞として朝飯に二汁七采の料理を出し終日遊宴を催す。夕飯には赤
   飯、これは往昔はゑり祝と申して初めて出勤の日に致すものである


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