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時の西宮神社社用日誌をひもとく「えびす瓦版」。
今号は天保九年(西暦一八三八年)に記された社用日誌です。
神主 吉井上総介良明
御神主 吉井宮内良顕
社家 東向斎宮
祝部 大森数馬
〃 田村伊織
〃 廣瀬兵馬
〃 大森主膳
祝部 大森主水
〃 堀江左門
〃 橋本右膳
神子 瓶子清太夫
〃 大石長太夫
社役人 辻 大炊
建物と境内の間数を書上げこれを大半紙に認め、社中案内記は美濃紙に認め、これらを三通づつ上越前中奉書二枚重ねにし、御札は中奉書二枚重ね上包み水引、武運長久の中札を入れこれを予め準備しておく。
四月二十八日、本陣の松村儀左衛門からは住吉村まで、当社からは夙川まで遠見の者を出し御巡見一行の様子を伺わせ、その報告によって御出迎えの準備を行う。
大門前には社家の東向斎宮と祝部の大森主水そして先祓一人が袴羽織でお出迎えする。神主は狩衣にて立烏帽子、沓を履き拝殿の御拝の前でお出迎えをし、他の祝部は神主の後ろにつく。
一行のお名前は次の通り
御料御巡見御勘定役 御宿本陣
武嶋八重八殿 松村儀左衛門同
同 同
岡田利喜次郎殿 浅尾市右衛門
御徒目付 同
小川伊兵衛殿 坪屋源兵衛
拝殿にご案内し御拝され、続いて神宝を飾っているので御覧いただくように神主が申上げ、東の間に入られ種々お尋ねになられる。御祈祷札は夕飯前に三軒の御宿へ持参する。浅尾方にお泊りの方より唐紙摺りの御影一枚、常の御影三枚を頂きたいと仰せられていると庄屋方より伝言があり早速これを届ける。
当社には宝暦十年(1760)十一月と天明八年(1788)六月の二度の御巡見書留めが残っており、生田宮からの御巡見について先例の有無の問合せに、この書留を写して遣わす。
またご社参十日前には大門前から芝附まで神主以下が見分し、大門南手の石垣の上にある辰弥助の茶店が目障りなので二尺程店を内側に引くように、また大門の焼餅店にも当日は店を閉め休むように申し付けていた。続いて閏四月七日は御国御巡見につき、町方では盛砂敷砂手桶を出すが、社中では掃除だけを行う。一行がご到着されて大門前で先例を尋ねられ、先例は社参された旨をお答え申し境内、建物の間数と社中案内記をお渡しする。大門前にて下乗され挟み箱など門に控えて、お手廻りのお供だけで御社参される。神主が拝殿へ御案内し御拝される。
「中殿は何様」とお尋ねになられたので、「天照太神宮、東に恵美酒様御神像、西に素盞嗚尊、御兄弟御三神でございます」とお答え申し上げた。
滞りなく済みお見送り申し上げる。神子は神楽所前で平伏している。
御使番の内 御宿本陣
山本七郎左衛門殿 松村儀左衛門
御小姓組 同
三宅三郎殿 浅尾市右衛門
御書院組 同
市岡内記殿 坪屋源兵衛
六月十四日、例年の通り濱方より御肴鯛御神酒三升が届く。八ツ過ぎに濱へ参り、その後船楽にて仮殿へ向かう。
音楽 御膳献上二膳、神酒 中臣祓 神楽 音楽 退出船にて楽、切麻を蒔く。築洲の真ん中で船を止め中臣祓一座、神楽を勤める。
御札は竹に挟んで、仮殿榊山のうしろに二本たてる。また幣を二本榊山の前にたてる。
西宮本社より北東手の畑中松原にある天神宮境内の地面は近年この地面が低くなり、雨が降ると水溜まりとなり参詣者が難儀するので、六月十五日より晴天の日十日間、人足により砂持し地面を平に均すこととなった。六月二十九日に終える。
七月一日夜、屋根葺き替えのため同宮御神像を本社境内仮殿へお遷しする。
小御輿を大人白丁四人、寺子供が舁く。行列には御紋付高張十張、金棒、松明、御弓二張、大玉串、御幣、潮水、切麻、音楽、警護の人、権神主守護、神子大工左官素襖を着る。その他町年寄、与古道町組頭、東之町組頭など各々高張にてお供する。
九月二十四日正遷宮、二十五日湯立、開帳、二十六日相撲奉納が行われる。
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