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●社用日誌翻刻
―関西学院大学と学術協定調印式―
当社には幾度の戦火や災害を免れてきた古文書が保存されていますが、中でも社用日誌は元禄七年(西暦一六九四)からのものが残り、現在までも歴代神主が書き綴っており、江戸時代のものだけでも二〇九冊にのぼっています。 |
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社報十九号にて社用日誌のマイクロフィルム・デジタル化しました事を記載いたしましたが、今回、当社ではこれらの日記を翻刻するに当たり、地元西宮の関西学院大学と学術連携協定を締結して、その成果を地域社会の発展にも活用頂ければと考えております。
まずは三ヶ年計画で元禄年間の日誌十一冊の解読・原稿化を進めて参ります。
去る七月二十七日、大学関係者・マスコミが見守る中、宮司と関西学院大学長平松一夫氏が協定書に調印を行い、今回の協定の意義や期待される成果について説明しました。 |
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●兵庫と岐阜を結ぶ「お囃子奉納」
去る六月十八日岐阜県大垣市の船町から、九月三日同市宮町から、お囃子が奉納されました。
西宮市と大垣市との関わりは約三七〇年前。江戸初期に西宮を管轄した尼崎藩主の戸田家は代々えびす神を深く信仰し、特に戸田
氏鉄(とだうじかね)は毎年米三十石を西宮神社に寄進していた事が知られています。 |
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後の寛永十二年(西暦一六三五年)戸田家は尼崎から美濃国大垣(現在の岐阜県大垣市)に転封になりますが、以後もえびす神の崇敬厚く、延宝七年(西暦一六七九年)には戸田 氏西(とだうじあき)が西宮神社に使者を派遣し、特に祈願を行った事が記録に残っています。この際、大垣の八幡神社例祭に練りだす (やま)にえびす神を勧請。以来この は恵比須 と呼ばれています。
現在でも八幡神社例祭は「大垣まつり」として恵比須 を含む十一両の が練りだされており、今回奉納されたお囃子は笛や太鼓を組み合わせたもので巡行の際に演奏されています。 |
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●えべっさんを通じて海外交流
七福神の一柱として名高いえびす様。日本だけでなく、海外にも福を求める方がいらっしゃいます。化粧品の原料等を製造する三好化成(本社埼玉県)のフランスのリヨン工場に勤めていらっしゃるイサオ・イマイさんもその一人。同工場の落成記念に大阪の友人から当社の福熊手・福箕をプレゼントされました。以来、イマイさんの仕事部屋には福熊手・福箕が飾られ、地元フランスの人々にも注目されているそうです。 |
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また今年十月二十日ブラジルの友好使節が来社。同使節は、西宮市と友好都市協定を結ぶパナナ州ロンドリーナの方々で、正式参拝・神楽奉奏に続いて、境内のおかめ茶屋で一服。その後、当社をあとにされました。 |
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