時の西宮神社社用日誌をひもとく「えびす瓦版」
今号は文化六年(西暦一八〇九年)です。


神主  吉井上総介
前神主 吉井陸奥守
社家  東向斎宮



祝部 大森数馬
 〃  大森修理
 〃  大森主水
 〃  田村織衛


祝部 廣瀬右京
 〃  堀江左門
 〃  橋本右膳


神子   紅野治良太夫
 〃    瓶子清太夫
 〃    大石喜十郎
社役人 辻 兵治
 去る享和三年(一八○三)六月付にて、当所本町にある御旅所内の祈祷所(梁行一間五尺桁行二間瓦葺)の再建願及び祈祷所内の神明宮を手狭で差支えがあるため後方へ三尺五寸瓦葺にて小社新建願、この両願書を大坂奉行所に絵図を添え願上のところお聞き届けになった。

 このときからの作事が成就したため、六月十三日に正遷宮を執り行う。早朝より神主以下出勤し、戌の刻(午後八時)に御本社御仮殿より神輿が出御。本町筋を御神幸する。

 続いて十四日より十七日までの間五穀成就氏子安全の祈祷を執行する。

 猶修覆勘定によると濱方で三十五匁、町方で百匁程が不足していると濱方世話人から報告があり、とりあえず濱方分を神社から出銀することとなった。

上納などは次の通り
 廣田村 南鐐一片  濱脇町 金百疋  濱之町 青銅三十貫文
 濱石才町 米六俵・金百疋・地車にて引き囃子
 尼崎古手古道具仲間 金百疋・二朱
 鞍掛町 細工銭米を小だんじりで子供引く
 横道町、濱東之町 中筋濱久保之町 上納囃子練り物

世話人方
 濱方 十文字屋伊兵衛、淡路屋与吉郎、葛馬忠兵衛、播磨屋幸助、辻安兵衛
 町方 岩出屋惣七、四井喜兵衛、紅屋平左衛門、嶋屋儀兵衛



 江戸にある西宮支配所からの年礼状によると、正月元日戌の刻に佐内町(江戸橋東南方、現日本橋一〜二丁目付近)より出火し、西風強くたちまち両国まで広がった。また飛び火により本所辺が類焼とのこと。西宮太々講中九軒が類焼し早速見舞状を出す。

 産所で行っている芝居からは町方へ運上が上がっているが、神社で行われる芝居には運上がない。これでは差支えがあるので社内の芝居を差し止めて下さるようにと、町方会所から申してきた。前例もないことで捨て置いていると今度は産所から芝居を仕切っている座古屋新太郎方へ、産所の運上を「手伝」えば差支えの筋は申さないと言って来た。

 早速町方年寄の瓶子屋又左衛門へ伺い尋ねると、何も知らない様子であった。これは運上に困った産所の者共が下役人に願い、下役人の一存で神社へ使いを寄越したものであった。

 その後は返事もない。
 小林村豊嶋屋藤兵衛という者が神主宅へ参り申すには、先祖へ肴を進めたいが、仏前へは供え難いので神霊を別に祭っても良いかとの由であった。
 神主が特に差支えはないと答えると、宜しき霊号をいただきたいと頼むので先祖在世の名前等を尋ね、當家開基何某神霊と認め遣わした。

 病いがちである神主上総介は、四月五日に播州北在家村の医師松尾一学へ向う。
三月十八日
 願主當所酒家年行司大田屋権兵衛、世話人笠屋庄九郎、網中五郎兵衛
 神楽金拾両、御初穂尾 三両
 酒屋四十四軒六軒問屋中へ御祓御鏡榊等遣わす

四月十六日
 京講中 講元大坂屋伊右衛門、八文字屋利兵衛 當所世話人嶋屋儀兵衛
 座古屋利兵衛
 神楽料拾両 大御祓三十五軒分、小御祓百八十枚、御影四十三枚

四月二十日
 江戸より大田屋権右衛門罷り登る。十一日に江戸魚問屋當所世話人松井和五郎、三砂武助、三砂小右衛門、木津屋勘助より講金拾両、御影料百疋
 六月二十日八つ過(午後二時)頃より大夕立となり、西宮から川内の間で五十〜六十も雷が落ちた。上大市村や越水村では各々一軒が焼失。近来では覚えざる大雷であった。

 そもそも西宮恵美酒太神と申奉るは、イザナギイザナミの御子蛭児尊にておわします。

 土の御徳を備え御心柔和に、おすがたも温和におわしまし、常に怒れる色なく 笑いを含み給いて御かたち麗しければ、えみす太神とも申すとかや。福禄寿を保ち給う。

 農工商価すべて万民の祖神とたたせ給う市の神に祭り商人の守護神と成り給う。御徳の厚き事は四海の内人皆よく知るところ也。宝の市を始め貴賎を集め給い、家内を賑やかになし給う。正直の心を以ち信ぜん輩は平生商い繁昌にして物事程よく整いて、日々に忙わしく商売繁く数の宝を手に入れば福禄ともに備わり、こころに不足なくいさみあり  て、我家業の忙しきを楽しみたる事を知れば、おのづから寿命も永久に天年を保つ。

 いのち永ければ福禄寿ともに、全く是すなわち御神の御心に叶う。常々こころに怒れる色なく顔色いつとても麗しく人愛も自然によし。思いの外の商いもできれば、是をその時のえびすと申し候。商い神と祝い奉る昔より年々に御繁昌の御宮なれば、諸国よ り太々神楽を奉る。然るに、程近き当大坂に講とてはいまだ無し。

 このたび信心の人講の元祖として取り結び、万代不易の基を開き、若ゑみすいさみ講と名付け、年々集まり銭を以って太々神楽を斎行し、御神前において天下泰平 宝祚無窮 御武運長久 五穀成就 万民安楽を祈り奉り、家内安全無病延命 家業繁昌の旨一社中の銘々丹誠を抽じて御祈祷執行し奉らん。

 此講成就する時は年毎に参詣の人々増す時は導きからの賑わいならんと云々

  文化六巳九月大吉日

 大坂にはいまだ西宮恵美酒太神様へ太々神楽を奉納する講がないので、ここに「若ゑみすいさみ講」と名付け、信心の人は講を結ぶように勧める趣意書。

 またこの年の「西宮太神宮御膳料寄進帳」が残されており、本御膳銀十二匁、半御膳六匁と定められ、右を簡略化した勧進文が記されている。
三月二十三日  出羽国山形配下
四月  十二日  奥州会津配下鈴木丹司、佐藤右門受領願
九月  二十日  奥州仙台岩井郡配下受領願
九月二十六日  奥州配下千木崎近江(二本松領片平村)


このホームページへのご意見ご質問は、こちらのフォームにお願いします。
当ホームページの写真・イラスト・記事の無断転載を禁じます。


発行/西宮神社
〒662-0974
兵庫県西宮市社家町1-17
電話:0798-33-0321
FAX:0798-33-5355
編集/事業課広報
制作/(有)DECCA JAPAN

Copyright ©2008 NISHINOMIYA SHIRINE All Rights Reserved.