平成23年9月21日(水)〜9月23日(金/祝)
 九月二十三日午後、船に移したみこしを中心に、十数隻の供奉船・伴走船が新西宮ヨットハーバーを出港、西宮浜周囲を巡幸途中、御前浜に停泊して、船上にて「かざまつり」の古儀を斎行する他、産宮参船が神戸の和田岬へ渡り、ゆかりの和田神社・三石神社へ参拝します。
 一年に一度、神社において最も重要なお祭である例祭(九月二十二日斎行)は、二十一日の「宵宮祭」、二十三日の「神輿渡御」と合わせて「西宮まつり」といいます。
 この期間は祭典だけでなく、各種催し物も奉納され、西宮の町を振るわせます。


 西宮まつりとは
 平成十二年に震災復興記念として約四百年ぶりに再興された、海上船渡御と九月二十二日の例祭、昭和二十九年に再興された陸渡御、神振行事を合わせて九月二十一日から二十三日までのお祭りを西宮まつりと称します。

 西宮神社のおみこしが旧暦の八月二十二日に神戸市兵庫区の和田岬へ神幸していたことは治承四年(1180年)に中山忠親が記した日記「山槐記」や国宝『一遍上人絵伝』(1289年)などからも伺うことができます。その壮麗な祭礼の様子は、往路は、幾艘もの船を旗や幕で飾り、海上所狭しと連ね陸路六里(約二十四キロ)をその日の内に帰って来ることを産宮参りと言っていたようですが、約四百年前、織田信長による社領没収により廃絶してしまいました。

 平成十二年の第一回目は西宮浜周辺において念願の海上船渡御を復興、第二回目は平安時代後期の歌集『散木弃歌集(さんぼくきかしゅう)』の中に詠まれている『かざまつり』の古儀も再興されました。

 三回目の平成十四年には、供奉船の内の一隻(産宮参船)が古儀に基づき神戸の和田岬へ渡り、上陸の後、行列を整えてゆかりの和田神社と三石神社へ参拝しました。四回目の平成十五年からは産宮参船は二隻になりました。

 西宮まつり復興から平成二十一年にて無事第十回目を迎えることが出来ました。平成十九年までは氏子四地区交代お旅所を設け神事を行なって参りましたが、平成二十一年は十周年を記念に、渡御船団揃っての産宮参りの復興を致しました。

(和田神社)和田神社の社地は、蛭子の森と称され、かっての西宮から来たみこしの休息
       所であったと伝えられる。
(三石神社)三石神社の三つの石は、かって広田・西宮・南宮の三基のみこしを置く場所で
       あったと伝えられる。


 西宮まつりスケジュール
ちびっ子達も特殊神輿「蒲団神輿」を
元気に練り廻します


ギャルみこし


各地域から約40基を超える
子どもみこしが参加


約200人のかわいいお稚児さん


香櫨園地区から選ばれた
小学生による童女神楽


重さ1tに及ぶ神輿


船上でえびす舞を奉納


古儀にのっとりかざまつりを斎行



9月21日(水)
●宵宮祭
・17:00 於:西宮神社本殿
 西宮まつりの開催を奉告し、例祭が無事に
 斎行されるよう祈願します。

●「奉納芸能」14時より 於:本殿斎庭
 演目…「淡路人形浄瑠璃」・「塩竈神楽」・
      「原笙会舞楽『萬歳楽』奉納」
●奉祝万燈籠
・「神池天の川」18時より 於:境内全域
・「二胡・キーボード演奏」
 19時より 於:神池中央石山上
 20時より 於:おかめ茶屋内特設ステージ

9月22日(木)
●例祭
・10:00 於:西宮神社本殿
 当社で最も重要な祭典で、全国から崇敬
 者の参拝があります。

●稚児行列
・15:00 於:西宮中央商店街
 華やかな衣装を身にまとった約200人の
 稚児の行列が西宮の町を彩ります。

●子ども樽みこし
・17:30 西宮中央商店街
 浜脇・用海・安井・香櫨園地区子ども会に
 より装飾された約40基の樽みこしが浜脇中
 のブラスバンド部、バトン部、女みこし、蒲団
 みこしを先頭にして西宮の町を練り歩きます。

9月23日(金/祝・秋分の日)
●みこし陸渡御
・10:00〜17:00頃 於:西宮市各所
 神幸の起源はさだかではありませんが、
 えびす様のご神像を和田岬の沖で得たと
 いうご鎮座伝説に基づくものと考えられて
 います。えびす様をみこしにお遷しし、
 お旅所までみこしを中心に時代装束を
 身にまとった氏子等が神幸します。

●発輿祭
・10:00 於:西宮神社本殿

●陸渡御
・10:40頃 於:西宮神社赤門出発→
 西宮神社〜西宮中央商店街〜浜脇中学〜
 香風高校西側〜白鹿前浜旧出荷センター
 西宮神社赤門より出てお旅所まで時代装束
 をつけた氏子等が、みこしを中心に行列を
 組み神幸します。

●お旅所祭
・12:20頃 於:白鹿前浜旧出荷センター
 氏子地域から選ばれた8人の童女達が
 神楽を奉奏し、氏子町内の繁栄をご祈願
 します。

●海上渡御
・14:25頃 於:新西宮ヨットハーバー
 えびす様をお載せした御座船を中心に
 船団を組み西宮の海を周航します。

●かざまつり
・14:50頃 於:御前浜沖
 八乙女船の四方から切麻を撒いて海上の
 安全を祈願します。

●本社還御祭
・17:00頃 於:西宮神社本殿
 えびす様に本殿にお還り頂きます。

※各行事は社務都合、天候等により変更となる場合がございますので予めご了承下さい。

「産宮参りとは?」
 西宮には古くから、
 ――鳴尾(西宮市鳴尾町)の村の漁師が、武庫の海(現在の大阪湾)で漁をしていたところ網にご神像を得ました。しかし漁師は魚ではなかったのでご神像をそのまま海に戻すことにします。その後、漁師は舟を和田岬(神戸市兵庫区)の沖に漕ぎ出し、再び漁を始めたところ、さきほど武庫の海に戻したはずのご神像がまた網にかかったではありませんか。これは不思議な事だと思い、漁師はご神像を家に持ち帰り、丁寧にお祀りすることにしました。

 幾日か過ぎたある夜。漁師の夢に神様が現れ、「我はえびす大神である。ここより西の方によい土地があるので我を案内いたせ。」とのお告げを下されました。

 漁師はさっそく村人を集めて、えびす様をお神輿に乗せ西に向けて出発しました。途中お神輿を留めて休憩をとりましたが、えびす様はそのまま居眠りをされてしまい、なかなかお目覚めになられません。これではいつまでたっても出発することができないと、困った漁師は恐れ多くもえびす様のお尻をつねってお起こしし、ようやく今の西宮神社の鎮座する地にたどり着きました。――

という素朴な伝承が伝わっております。

 この伝承がいつ頃から伝わったのかは不明ですが、平安時代の末には和田岬へ神輿をお渡しする神事が行なわれていた事が見えており、平安期の公家中山忠親の日記『山槐記』や鎌倉期の僧一遍上人の事跡を描いた『一遍上人聖絵』から祭りの様子を窺う事ができます。

 のちの戦国期動乱の中、織田信長の社領没収により中断を余儀なくされましたが、約四百年後の平成十二年に復興。そして今年第十回目を迎えました。


「渡御祭復興のあゆみ」
 『西宮殿年中御神事』によると、元亀二年(西暦一五七一年)八月二十二日に恒例の「大輪田御神事(現在の産宮参り)」が行なわれたと見えており、のちの社領没収が織田信長の没した天正十年(西暦一五八二年)より以前であると考えられる事から、神事の中絶はこの十一年の間にあったであろうと推測されます。これ以後、約四百年の時を経て復興した渡御祭の歩みをまとめました。

明治時代


昭和二十九年

昭和三十四年

平成七年

平成十二年


平成十三年

平成十四年



平成十七年



平成十八年

平成十九年


平成二十一年


新暦への移行に伴い、例祭日が八月二十二日から九月二十二日に変更。

例祭にあわせ陸渡御を復興。

本殿遷座祭準備のため三年間中止(三十六年まで)。

震災のため五年間中止(十一年まで)。

西宮まつり協議会発足。例祭翌日の二十三日に船渡御を復興(以後慣例となる)。

西宮浜沖にてかざまつりを斎行。

和田神社・三石神社への産宮参りを一部復興。
※西宮浜を周航する本隊と、産宮参りへ向かう分隊に分かれて渡御。

氏子四地区にお旅所を設け、お旅所祭を斎行。本年より地元小学生による童女神楽を始める。また大阪天神祭の人形講船が渡御に参加。

蒲団神輿が行列に供奉。

淡路人形芸舞組(淡路人形浄瑠璃船)が渡御に参加。船上にてえびす舞を奉仕。

全船団が和田岬へ巡行予定。

   お問い合わせ先
   西宮まつり実行委員会・西宮神社 TEL:0798−33−0321
   ※各種催しは天候の事情により中止の場合もございます。
※船渡御について、詳しくは下をクリックしてください。


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