藤村氏海上渡御供奉船にて
世話人藤村 浄氏 白寿参拝

 二月二十四日、当西宮神社の世話人である藤村浄氏が白寿を迎えられ、感謝奉告のご参拝に来られました。

 藤村氏は韓国で指物師をしていましたが終戦と共に帰国。昭和二十一年、山口県萩市を経て大工をしていた従兄弟の元で働く為に西宮へ移住、後には「(株)建具工房ふじむら」を開業し独立されました。
 阪神大震災の際には自宅建設中につき、住んでいた仮住まいが全壊したにも関らず夫婦共に怪我もなく、近隣の方の介抱にあたられたという事です。

 当社との関係は古く昭和五十二年江上町自治会長として当社との係りが生まれ、平成十四年には「西宮まつり協議会」の二代目会長として、産宮参りの復興などに多大なご尽力を賜りました。

 現在もその温厚なお人柄で皆をまとめられ理事相談役としてご奉仕頂いております。

藤村氏白寿参拝

平成14年西宮まつりで渡御委員会として
奉仕する藤村氏
 今回参拝され、神社とは日本人の心に常にあるもの、この思いを子孫にも伝えていきたいとおっしゃっておられました。また、白寿の参拝に併せて、本殿復興五十年境内整備事業に多額のご奉賛を頂戴いたしました。

 これからもえびす様のご神徳をお受けになられて健康に過ごされ齢を重ねてゆかれます様、心よりご祈念申し上げます。

遊行七十四代の他阿眞圓上人
時宗法主・遊行七十四代の
 他阿眞圓(たあしんえん)上人 ご参拝


 昨年九月の西宮神社の秋の大祭、西宮まつりでは、約四百年振りに海上渡御祭を再興し、神戸の和田岬へ神幸、和田神社境内で御旅所祭を執り行いました。引き続き宮司一行は、近くにある真光寺の一遍上人廟所にもお参りしました。これは国宝一遍上人絵伝に描かれているように、一遍上人の臨終に際して西宮神主が面会した故事に因むもので、鎌倉時代・正応二年(一二八九)のことでありました。

 旧臘七日、この返礼の意を含め、真光寺の本山・時宗(じしゅう)の総本山、藤沢山清浄光寺(遊行寺(ゆぎょうじ)とも称す)より、法主(ほっす)・遊行七十四代の他阿 眞圓(たあしんえん)上人他、真光寺の総代の方々が参拝されました。時宗法主・遊行上人の西宮神社参拝は、中世近古と度々有り、江戸時代文政年間の「社用日誌」にも記されています。

真弓監督による玉串奉典の儀
阪神タイガース必勝祈願

 球団歌六甲おろし≠フ流れる中、選手たちがバスから降りてくると「今年はたのんまっせ!」「城島ぁ――!」熱烈な地元ファンの声援。今年も阪神タイガース選手団、監督、役員等がペナントレース必勝祈願に来られました。今年はメジャーリーグより帰国、入団した城島選手の人気も相まってさらにも大勢の方が見物に来られていました。

 毎年この季節になると、「タイガースいつくるの」と聞かれ、ここ西宮の阪神タイガースの人気は絶大。えびす様のご加護をお受けになられて怪我なくシーズンをすごされる事をご祈念申し上げます。

西宮神社文化研究所
「西宮神社文化研究所」の開設

 当社には、先の大戦の空襲で多数の貴重な資料を消失したにも拘らず、幸にも江戸時代の「御社用日記」「年中御社用記」などの元禄期からの社務日誌が二百余冊残されています。これらの日記を解読しようと云う試みが、去る平成十八年七月より地元関西学院大学との学術協定により進められてきました。


 関西学院大学 志村 洋教授をはじめ研究者、同大学院生らを中心に元禄期の日誌の解読に勤めてきた連携協定も、一応満期終了することになり、この四月一日より新たに「西宮神社文化研究所」を社務所内に設け、この事業を進めてゆくことになりました。同大学の大学院修了の松本和明氏を主任研究員として迎え、解読と活字化、そして全国に広がっていた神札配布の講社、配下先の文書の解読も行うことになります。御本殿復興五十周年記念事業に併せ、これらの出版も計画されています。また同室は「えびす信仰資料室」も兼ね文化課課員により資料の蒐集整理も進められています。

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